
This is the official website of STACKERS,
Fucking Japanese Stinky Assholes
from NY Shitty to Tokyo, JAPAN.
No Fun No Punk, so let's make a big circle.
We are fucking Japanese Stinky Asshole, STACKERS.「楽しくなれれなパンクバンドじゃない」をモットーのばく進し続ける3ピースバンド。
2003年冬、ネット上のメンバー募集をきっかけに、現ボーカルShunと現ギターボーカルJayを中心にNYにてバンドを結成。以後2人のドラマーを解雇の後、現ドラムのTacが別のバンド「ThePuke」より引き抜かれる。当時はしみったれたラブソングを歌う3ピースメロコアバンドであった。NYの各有名ライブハウスから小さい箱、所選ばずライブ漬けの日々を送る。2004年には自ら主催のパンクイベント「AttentionPunx!!」を開催。これに出演したバンドとの親交を深めると共にNYアンダーグラウンドパンクシーンで一気に注目を集める。このころより、しみったれたラブソングはまったく歌わなくなる。
2004年夏、ファーストEP「One Way Street Punk Rock」をリリース。自主制作により音質は消してよくなかったが、絶大な支持を得る。代表曲「Distortion」やNYを去る友にむけた曲「Say Goodbye To Your Crazy Moshは今ではオーディエンスが合唱する名曲に...
2004年冬、NYのインディーズレーベルDanger Zone Recordsと契約。この時STACKERSが出会ったのは「ちんぴ」ことAdrianであった。彼のSTACKERSへの大きな期待からくる働きにより、その後は活動の場をNYから広げ、東海岸各地でもライブをこなしていく。
2005年6月、Danger Zone Recordsより初のフルアルバム「On The Road W/ STACKERS」をリリース。それをきっかけに6月より7月にかけて、東はNY、西はカリフォルニア、全26ヶ所の全米ツアーに出発。大都市からど田舎まで赤と青とオレンジの髪をした奇妙な日本人パンクバンドのライブは多くの人に絶大な支持を得る。ツアーも終盤に入った時、誰もが予想だにしなかった大事件が起こった。テキサスのハイウェイを疾走中、移民局の検問に出くわす。身分証明書を持っていなかったShunとTacは取り調べのためオフィスに連行される。結果、Tacはビザ不所持のため拘束されることに。ドラマーをなくしたSTACKERSは残りのライブをキャンセルしひとまずNYに戻る。Tac拘束より1ヶ月たった後、強制送還という最悪な結末に...
途方にくれると思われた残りのメンバーだったが、答えはすぐに出た。Tacがアメリカに戻れないのなら、日本で活動しよう!!
2006年5月、STACKERSは活動の場を日本に移し活動を再開した。
日本で活動を始めるやいなや活発な動きを見せる。NYでも開催していた自主企画「Attention Punx!!」を定期的に開催。日本で始めてレコーディングしたデモ音源「PUNK IS PUNK」,「THIS IS THE SONG FOR ME」を各地でばら撒きまくる。
そして翌年2007年6月にはリアルロックフェス「MAGMA」にも参戦。H2O, MADBALL, SICK OF IT ALLなどの大物たちと競演。
7月には「MAGMAツアーファイナル」として新宿ANTI-KNOCKでMurphys Lawを迎えてのオールナイトイベントを開催。
「MAGMA」開催後、ウェブ掲示板2ちゃんねるにて「MAGMA」でのMCが原因で絶大なバッシングを受ける。掲示板も荒れに荒らされる。